2014年2月10日月曜日

清水修二(教授):出たとこ勝負も悪くない

※後援会報  第47号(2014.1/24発行) 転載記事

清水 修二 (教授)

東京生まれでありながら日光より北に行ったことがなかった私が福島に来たのは全くの偶然にすぎません。以来34年の月日が流れ、福島は私にとって最も愛着を感じる土地になりました。森合の旧キャンパスに1年だけおりましたが、その頃から「地域に出る」ことを始めました。


最初に参加したのが釜石調査で、鉄鋼産業の合理化で地盤沈下に苦しむ釜石市の財政分析をしました。続いて福島県浪江町の振興計画づくり、それから古殿町の振興計画の策定にも加わりました。いずれも故下平尾勲先生の尻にくっついて見習い修業をしていたようなものです。

そのうちに福島の原発訴訟に関わるようになり、いつの間にかライフワークのような形で原発と付き合うことになったのは思えば因果な成り行きで、退職近い時期に福島原発の大事故に遭遇するという運命の巡り合わせは、自分でも不思議な感じがします。私は財政学の見地から日本の電源立地促進財政制度を研究してきました。原子力のリスクを金ずくで農村に転嫁する日本特有の財政システムが、エネルギー問題や環境問題に真剣に立ち向かう国民の気運を殺いでいると指摘してきたのです。
 
大学教員としての自らの歩みを振り返ると、やるべきだったのにできなかったことばかりが頭に浮かんで気が重いのですが、あえて「私らしさ」を拾い出してみると、好奇心に駆られて動いてきたことが、いろんな意味でプラスになったと感じています。原発との関わりも「地域と原発」問題への素朴な好奇心から始まっています。22年前にチェルノブイリ被災地に行ってみたのも、はっきり言って好奇心のなせるわざです。自分の住んでいる地域の学校問題がきっかけになって学校統廃合の歴史的研究にも少し頭を突っ込みました。
 
福島フォーラムの存続をめぐる市民運動に参加しながら映画産業論のようなものを書いたこともあります。そのほか国民健康保険財政、公共工事の入札改革、NPO論など、いずれも私自身の地域での諸活動とのつながりで取り組んだテーマでした。
 
学生諸君には「好奇心を磨け」とアドバイスしたいと思います。また、いろんな経験に自分で飛び込む中から「自分のテーマ」を掴み出せ、とも言いたい。若いうちだからできる冒険というものがあります。振り返ってみると、ずいぶん無駄なことや余計なことまでやってきたなと感じますが、それが無
意味だったとは思いません。

この34年間、「とても面白かった」と思っています。

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提供:写真部