2010年6月14日月曜日

森 良次(准教授)海外の図書館事情:ドイツの文書館

図書館報『書燈 』 No.44 (2010.4/10発行) 転載記事

森 良次(准教授)

毎年夏休みにドイツを訪れ、図書館や文書館でドイツ経済史の研究に必要な歴史資料の調査を行っている。ここ数年はドイツ西南部のバーデン・ビュルテンベルク州Baden-Württembergにある「ルードビヒスブルク・州立文書館」Staatsarchiv Ludwigsburgを訪問するのが恒例となっており、150年ほど前のこの地域に生きた、歴史に名をとどめることも希な人々の経済活動の足跡を明らかにする作業にあたっている。


文書館といっても、日本では宮内庁役人の手記や日米外交文書(核密約問題など)が時折新聞で話題になるくらいで、一般にはあまり馴染みのない存在である。だが、全国には公立施設を中心に相当な数の文書館が存在し、歴史的価値の高い公文書や為政者の文書が収集・保存されている。ドイツには国立(連邦)や州立の機関の他に、基礎自治体が整備した文書館が実に多くある。人口10万人以上の都市であれば、ほぼ確実にアーキビストを何人も抱える立派な文書館があると考えてよい。ドイツは、歴史資料を体系的に収集・保存・活用することにおいて世界最高水準にある。

そのドイツの文書館を利用するたびに思うのは、利用者が実に多いということである。ルードビヒスブルク・州立文書館では、歴史学を専攻する学生や大学の歴史研究者の他にも、恐らく年金生活者であろう年配者の姿をよくみかける。まだ職業生活から引退するには明らかに早いと思われる「働き盛り」世代の利用者も多く、自身の史料調査の傍ら「この人は昼日中に仕事もせず、一体何を調べているのだろう」「きっと大学出の失業者に違いない」「いやバカンスを利用して歴史学を専門とする高校の先生が研究活動に励んでいるのだろう」などとつい想像してしまう。ドイツでは年齢、職業など多様な属性をもった人々が大学で学んでいるが、文書館にも様々な人が通い、手書き文書に熱心に目を通している。

文書館を利用するのはこうした歴史資料の利用者ばかりではない。ルードビヒスブルク・州立文書館では、定期的に(あるいは希望に応じて)小・中・高校生や歴史好きの市民を対象にゼミナール、講演会、展示会を開催しており、夏休みにはよく子ども達が史料閲覧室にやってきて、アーキビストの説明に耳を傾ける姿を目にする。文書館の現場を見学することを通じて、子ども達はかつて人々がどのように生活をし、現代に生きる我々はそれについてどのように情報をえることができるのか、といったことを学ぶのである。この他にも歴史文書に残されたレシピから貧民のスープを再現してみるゼミナール、旅行鞄一つで郷里を離れた移民の心性を手記から探り、今日の移民と比較してみるゼミナールなど、文書館ならではのゼミナールが催されている。これらは歴史、社会、語学(特にラテン語とフランス語)など学校の授業の一環をなしているようでもある。

文書資料を扱うか否かという違いはあるが、ドイツの文書館は、博物館と同じように市民の生活の中にしっかりと位置づいており、歴史に学ぼうという社会全体の姿勢が感じられる。

提供:写真部(大学構内)